一人でもやっていける大学生活 −ボッチでも大丈夫−(前編)

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 町はクリスマス一色、手を繋いで歩くカップルやプレゼントを片手に下げた男性が目についた。なんでこんな日にアルバイトなんてせなあかんねん、カップルの手のひらの中にマグネットが反発しあうように埋め込まれて手を繋ごうとしたら反発するようになればいいのに、とか心の中でぼやきつつ帰宅して参りました。

 帰宅途中に僕の好きなスマホアプリ「アイドルマスター ミリオンライブ!シアターデイズ」(ミリシタ)の画面を開いてああ…尊い…とアイドルを満面の笑みで眺めていたら、すれ違った人にまじまじと顔を見つめられました。

 と、こんな感じで物寂しさを感じることも多々ありますが、意外と一人でも大学生活は楽しめるもんです。ボッチも意外と悪くないしボッチでも気にしないでいいよ、と書いていきたいと思います。
全国のボッチ大学生よ!団結せよ!と書いてみて気づく、それはボッチではないと。

 

もくじ

  1. どうしてボッチはよくないという風潮があるのか考えて見た
  2. 僕の大学生活の一例(前編ここまで)
  3. ボッチでも意外と助けてくれる人がいるから大丈夫という話
  4. ボッチなりに楽しめることはある

1,どうして大学生ボッチはよくないという風潮があるのか考えて見た

 僕の経験を交えて話します。あまり理系の学生のことについてはわからないので悪しからず。大学受験に合格してから入学するまで結構期間が空く人が多いと思います(後期日程で合格すると本当にカツカツだと思いますが)。
 その期間のうちに新居や家具の手配だとか、別れることになる友人とかと遊んだりとするんだと思いますが、楽しみだけでなく新生活への不安も抱えなきゃいけないわけで。

 そこで大学生ってどんな生態なんだろうか、とググってみたりするとまあ世間一般のイメージ通りの、飲み会してサークル活動して、授業サボって徹夜で麻雀して…みたいなウェイ系大学ライフがそこかしこで紹介されていて高校までの生活とのギャップに当惑することも多いでしょう。

 まずこの世間一般の大学生イメージがボッチ大学生を苦しめていると思います。大学生は遊んで楽しむもんなんだ、遊んで楽しむにはやっぱ友達がいなきゃいかん、友達がいない大学生はダメなんだ、じゃあなんとかして友達つくらなきゃ…という脅迫的な負のスパイラルに落ちいらせかねないと。

 ですが世間一般の大学生像は多数派なわけでも唯一の正解でもありません。もちろんそういう人もいますし目立ちますが、冷静に周りを見渡してみると大人しくしている人は普通にいますし、そもそも大学に通う目的はウェイウェイすることでなく学習することですから。
 徹夜で麻雀して授業をサボってテストやレポートを単位ギリギリの点数で通過しても単位以外何も残りません(授業は学ぶ機会を提供してくれるだけですので、授業に行かなくてもちゃんと自学自習できる人はそれでもいいと思いますし、そういう人もたくさんいることは事実です)。

 テストやレポートの出来はまあ所詮素人に毛が生えたくらいの学部生に良いものを望むべくもないですが、テストやレポートを準備する過程に、学習成果の定着や自分で思考する機会を得られるなどの効果があるので、テスト中に答えを回したりとかレポートを見せあって「効率よく」それらを突破してもあんまり意味なくて、むしろそんなんならやらない方がいいと思います(まあ特に医薬福祉系の大学は国家試験の関係上非常に厳格なカリキュラムが組まれているのは仕方ないですけどね)。

 それからもう1つ、就活やテストの仕組み自体、学生同志連携することをほぼ必須としているのも学生を苦しめていると思います。いわゆる情報戦を強いてくるわけです。

 テストだと過去問をどこかの誰かから入手しないと本番もできないとか、就活だとWebテストの回答やES(エントリーシート)や面接の虎の巻的なハウトゥー、OBOGとのコネだとか、学習や仕事におけるスペック以外の所で勝負が決まりかねないシステムになっているのはボッチにとって結構深刻です。

 この問題の解決方法として、後で詳しく述べますが、1;誰かに助けを求める、2;ボッチでもなんとかなるような生き方を選ぶ、の2つが考えられると思います。
僕はどちらも正解だと思っていて、場合によっては両方組み合わせることが必要かなと思います。

 ボッチ度は人それぞれ異なると思っていて、世間話くらいはできるけど集団行動は苦手という方から、周りの人と極力口も聞きたくない(聞けない)という方までいると思います。

また、自分がおかれている状況によっても自分のボッチ度は変わり得ます。大切なのは無理して友達を作ろうとしなくても大丈夫という安心感を持っておくことだと思います。無理しても苦しいだけですから。無理して友達ができたとしても、人脈維持は思ったよりも心理的ストレスと金銭的・時間的コストがかかります。そんなんだったら一人でも、楽に生きていいんじゃないか、と思います。

 もちろん僕にはウェイ系の生き方も、意識高い系の生き方も、あらゆる生き方を否定するつもりはなく、すべての人がリスペクト(尊重)にあたると思っています。誰にとっても生きやすい生き方を追求する権利がある、ただそれだけです。

2.筆者の大学生活の一例


 お前の生活なんて興味ないわ!と思ったら読み飛ばしてもらって全然かまわないのですが、やはり論を主張するには例示が必要かな、と思い少しだけ紹介です。普通の授業の日についてです。

 午前中通学し、とりあえず前の方に座って講義を受ける。後ろの方だと群れて授業中にしゃべっている人がいて邪魔なので、前の方に座れば真面目な人が座っていることが多いです。大概授業をきちんと聞いていますが、先生は生徒のほうなんてそんなに気にしてませんから、前の方に座ってもスマホみてたり小説読んでたりしていることもあります。

 お昼ご飯は少し課題です。食堂は混んでいるし売店のレジも長蛇の列。昔はお弁当や昼食を持参することもありましたが、最近はピークタイムを避けて食堂に行っています。お昼休みの半分より後の時間、つまり後半以降だんだん空いてきますので昼休み前半は図書館で本を読んだりスマホを見たりして時間を潰し、頃合いをみて食堂に行きます。
 そして長居せずさっと出てくる。授業の教室に早めにいくとしゃべってる人がいて自分の孤独感をまざまざと見せつけられるような気がして悲しくなるので、できるだけギリギリに入室します。でも教室の前の方は空いているので問題ありません。

 授業が終わると、家に帰るか、図書館で課題をこなすか、買い物にいくか、バイトにいくか、のどれかです。街にでると人がたくさんいます。
クリスマスとかじゃなければ一人で買い物を楽しんでいる人もたくさんいますから一人でも寂しくありませんし、むしろ一人の方がゆっくり買い物できてよくないですか。
服とか客観的アドバイスが欲しいものを買うときはちょっと大変ですけどね。

 ちなみに僕は美術館とか博物館は圧倒的に単独行動派です。

 バイトだって、接客とか人と関わるバイトしかないと思ってませんか。探せば見つかります。バイト先の雰囲気も大事です。仕事は単独でやってても、仕事以外で仲間意識を大切にするバイト先とかありますから。

 合わなかったらさっさとやめて別のバイト探せばいいことです。だいたい社員はバイトが辞めることに慣れてますからそんなに気を遣わなくて大丈夫です。もちろん最低限のマナーは守る必要がありますけど。

 あと中長期のバイトにこだわらず、単発のバイト、在宅で受けられる仕事にする、そもそもバイトではなくてフリマアプリで不要な物を売るとか、お金を稼ぐ手段はいろいろあります。バイトは時間やスケジュールで縛られるから嫌だ、という人もお金を得ようと思えばなんとかなります。

短期・単発バイトがたくさん!お仕事探しはタウンワーク!

 バイトが社会経験になるからとりあえずやっとけ、という意見がありますが、それは半分正しくて半分間違っていると思います。正しいというのは自分が社会でどういう風に立ち回れば生きて行きやすいかがわかるからです。友達は作れないけど接客は案外向いているな、とか物づくりって案外楽しいな、とかわかってくるので、大学を出た後就職かほかの生き方か、とか考えるきっかけになります。

 間違っているというのは、就活して、社会人になって、家庭持って、家買って、定年まで働いて、というような生き方の「王道」とも言うべき社会的レールに無理やり乗せられようとするからです。生き方は多様であっていいと思います。世間一般の正しい生き方が自分にとって合うとは限りません。行きにくいなら行きにくいなりに、よりよい生き方を探せばいいと思います。


 と、少し話が脱線してしまいましたが、ちなみに僕はパソコンで作業するバイトを見つけられたので気楽にやれています。とにかく、なんとかふつーに生活がなりたっています。

一人でもやっていける大学生活 −ボッチでも大丈夫−(後編)はこちらから。

それでは、adios.