<実録>卒論執筆者による反省点やアドバイスなど(文系)

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こんにちは。いろいろありまして本年度に大学を卒業することになってしまいました。
とはいえ卒業後の進路、4月からの行き先が未だに決まっていないのですが。

大学の卒業のために必要なことといえば卒論執筆なわけで、私もモチベの乱高下を繰り返しながらどうにか提出に至りました。
思い返せばいろいろと反省点がたくさん浮かびます。もう二度と論文なんて書きたくはありませんがこの反省点が誰かの役に立てばいいなと思いまとめてみます。

私の1年間のスケジュール

とはいえ2020年はCOVID-19くんのせいで極めて変則的なスケジュールだったためあまり役に立たないかもしれませんが、まとめておきます。

4月~5月半ばくらい 
大学閉鎖・授業は休校のため家でゴロゴロしたり実家で過ごしたりした。
9月から留学に行く予定だったので留学先の大学の履修登録や寮の手続きなどに時間をかけた。

5月〜7月
授業が始まるも全てZoomによるオンライン化。午後にしか授業がなかったため昼夜逆転する。
留学準備とともに卒論の中間発表を行った。卒論全体の構想程度の発表を行うも先生に論理がなってないだの知識がついてないだの散々言われ、モチベが下がる。

8月〜9月
夏休みに入った。9月からの留学が中止になり、進路が不明になった。
夏休みなので当然勉強はせず、かといって時期柄あまり遊びにも行けずパソコンが唯一のお友達と化す。

10月〜11月
夏休み終了。中間発表の際に先生に教えてもらった文献を読み始める。「知識がない」と言われたのが気になりとにかく関連する本を読み漁った。

12月はじめ
卒論の中間発表その2を行う。出来が酷すぎて先生に怒られモチベが下がる。

12月〜1月はじめ
中間発表その2の文章を9割削除しほぼ1から書き直し、駄文を生産した。
クリスマスごろには8割方書ききり、提出直前に一気に校正して完遂。

私の研究室は卒論の中間発表が前期後期でそれぞれ一度ずつ義務付けられていましたので、強制的に早めに書き始めざるを得ませんでした。面倒でしたが、おかげで締め切りギリギリの提出は避けられたかなあと思います。

反省点など

コミュニケーション不足

本当にクソ論文を作成してしまった気がするのですが、原因は12月に9割がた書き直しを行ったことによる時間の無さ(とやる気の無さ)だなあと思います。
普通書き直しなんてする必要はないのですが、私はその時点で自分がやってることが自分の研究室から求められていることの著しい乖離に気がついてしまったので書き直しせざるを得ませんでした。
例えるなら、「よし!ソファー買うぞ!」と意気込んで八百屋に行くみたいな感じですか。

かえってわかりにくいですか。まあ文学の研究室に所属しているのに法律の研究で論文を書こうとしていたみたいな感じです。

自分がとんちんかんなことをやっていることになんでその時まで気がつかなったかと考えてみると、同期や先生とのコミュニケーション不足に起因するかなと思っています。

もっとも授業は全面的にオンラインなので研究室の関係者に会うことはほぼなかったわけですが、普段から同期と連絡をとっておけば「お前の卒論、なんかおかしくね?」みたいな話題になってもおかしくなかったかなと。

オンライン授業だと会話も通信状況とかパソコンの調子とかに左右されますから、発言の意図とかが汲みとりにくいですし、教室での授業とはだいぶ感覚が異なるものです。僕みたいに小心者からすればパソコン越しに流れる先生の声は怒りを帯びたようにしか思えません(ちょっと大袈裟ですけど)。

前から先生の言うことの要領を掴めないことは多々ありましたけど、コミュニケーション不足(不全?)がそれに拍車をかけてしまったかもしれません。まあ、もとより先生と友好な関係でなかったことや積極的に助言を求める姿勢がなかったことが一番の問題ですが。

論文の書き方

それから、論文を的確にてっとり早く仕上げるためには「お作法」が非常に大切です。
「お作法」とかめんどいし、ある程度しっかりしとけばいいじゃん!と軽視するべからずです、このお作法を敵に回すことは教授を含めたアカデミック業界全てを敵に回すといっても過言ではないのです…

ちょっと話は脱線しますけど、大学は徒弟制度を未だに温存している極めて保守的、旧態依然とした社会です。
ネットにアップロードされている論文を探すことができるサイトでGoogle Scholarというのがあるのですが、そのトップページに「巨人の肩の上に立つ」ってのがあります。
(Google Scholarは卒論執筆にとても役に立つのでぜひ)

↑これですね

これの意味は先人の積み重ねた成果に基づいて新しい発見をするといった感じの意味です。展望台の上に上がるように、巨人の肩の上に立つと周りの景色がよく見えるはずです。高いところから辺りを眺めれば良い景色(=新しい学術的見地)を発見できるということですね。

卒論を書いている人にとっては先行研究に基づいて論文を書く、と言った方がわかりやすいですかね。

つまり、先人の慣いを確実に受け継ぐことが極めて重要視されているのがアカデミック業界というわけです。
そういうわけで、大学組織の最下層部(すなわち見習い)である学部生は先生や大学院生の教えを着実に守らなければ認めてもらえないのです。職人ではないので破門とか追放とかにはならないでしょうけど…

大学って自由に自分の好きなこと研究できてサイコー!将来は研究者目指して大学院進学だ!と早合点すると思いのほか息苦しい社会に辟易するかもです。

話をもとに戻しましょう。論文執筆には「お作法」が大切という話でした。
そのお作法とはなんなんでしょうか。

まずは研究のやりかたです。その分野ではどういう作業を行って論文を書いているのか、を明らかにしましょう。
経済理論の研究室に所属している経済学部生ならば経済の理論の研究書を読んで論文を書かなければならないわけで、フィールドワークを実施してそこで入手したデータに基づいて論文を書いてはいけないということです。歴史を専攻しているのに数学を用いた社会学的な統計分析をして論文を書いては行けないということです。
(とはいえ分野が複数にまたがってしまうことはままあるので、研究室が主体とするテーマを論文の中心に据えていればよいかと思います。)

ここを間違えるとゼロからやりなおしになったりします。研究室選びと卒論のテーマ選びは慎重に。

次に論文の書き方です。体裁とも言えます。

まず参考文献(=自分の主張の根拠となる他の人の研究やデータ)の書き方ですが、APA、MLA、Chicagoとかいろいろ方式があって、専門によってどの方式が用いられるか異なります。また研究室独自の書式を要請してくる場合もあったりします。
どの様式で参考文献を示せば良いかは執筆前に確認し、そのスタイルを墨守します。

提出前にちゃちゃっと直せばいけると思ってると結構痛い目を見ます。修正するのはなかなかめんどくさいです。今日中に提出しなきゃいけない!って時に「ここはコンマか?ピリオドか?」とか考えるのは厳しい…

ついで全体の構成です。
「はじめに」で研究の目的や意図を明らかにする。次に「先行研究」で自分の研究テーマに似た論文を紹介する。など、その研究室の論文で毎年行われている論の構成を真似しましょう。下手にアレンジを加えてもあんまりいいことはないというのが個人の感想です。

あとは文字数・行数、フォント(明朝体とかゴシック体とかの設定)、余白の長さも確認しておきましょう。
とにかく印刷して提出すればええんや!というのでは良くなくて、こういうところでもお作法は墨守せねばなりません。Wordで文章を作ることが多いと思いますが、デフォルトの設定では大抵ダメです。
忘れずに設定を確認しておきましょう。

これらの「お作法」をてっとり早く確認するには研究室の過去の卒論を確認するのが一番てっとり早く、確実な方法だと思われます。僕はやらなかったので痛い目を見たのでしょう。

学務や指導教員からの指示も軽視せず、気にかけておきましょう。僕はめちゃめちゃ軽視していたので大変でした。

アドバイス的なもの

まずは先生や同期と友好な関係を保っておきましょう。論文でわからないことがあったり、新しい情報があったりしたときに頼りになる人がいるのはとても大切です。
研究室は狭い社会なので、あんまり人間関係で孤立すると結構ハードモードになるかもです。

本当に厳しければ研究室を移ったりもできなくはないですが、それなりの労力がかかりますから。

もし頼れる人がいなくても恥を忍んで聞くようにしましょう。
あれです、有名なことわざの「聞くは一時の恥〜」とかいうやつです。
自分一人では永遠に知り得ない情報とかが存在することがあるのです、大学は開かれた場所だから情報もみんなに公開してるとか幻想はもたない方が良さげです。
卒論には卒業がかかってますので、間違えるわけにはいきません。不本意に留年するよりは勇気を出して助けを求めた方がいいなと思います。先生は基本学生のことは放置なので、こちらから助けを求めないとなにもしてくれないですからね。

最後に

ここまで卒論執筆について書いてきましたが、卒論が完成した後には大勢の前で発表したり教員からの口頭試問があったりします。提出すれば完全に終わりではないのです。

インタビューについては折を見て書きたいと思います。

論文執筆がんばってください〜。

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